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習い事を嫌がるとき

 

少し前に息子がヤマハを嫌がっていた、と書いた。

 

息子は保守的というか、私からすると

慣性力もしくは静止摩擦係数の大きい子」で、

何かを始めたり、今までやっていたことを中断したり

という「今までと違う流れ」になるのが苦手っぽい。

 

その代わり一度始めると長い間集中してやっている。

多分その集中力や能力は娘より高いのではないかと

睨んでいるが、秘められた能力はつまり

発現しなければないも同然なので

本当のところはわからない。

 

ヤマハはもともとそんなに乗り気では

なさそうだったけれど、

幼児科になって指を動かすようになってから

特に嫌がるようになった。

水泳はちょっとでも休んでしまうと毎回

「今日は(今日も)行きたくない」と駄々をこねるので、

毎週必ず行くようにしたら少しマシになった。

 

*****

 

以前娘のヤマハで同じクラスにいた

男の子のお母さんと、先日ばったり会って

話をする機会があった。

 

お互い「こんにちわ」(あれ?誰だっけ?)

と一瞬考えて、私が「昔ヤマハで一緒だったですよね」

と思い出し、そこからその時の話や今どうしているか

という話を聞いた。

 

その男の子が「ヤマハに行きたがらなくて困ってる」

というのは聞いたことがあった。

周りのお母さんに相談したりもしていたらしい。

でも、そのうちお母さん自身が連れて行くことに

ストレスを強く感じるようになり、

本人と話しても「辞めたい」の一点張りで、

それなら、ということで辞めたらしい。

 

今はスイミングに通っていて、

最初は楽しそうだったけど

最近また行くのを嫌がるようになってしまい、

「うちの子に合う習い事は何なのかしら」

ととても困っている様子だった。

 

*****

 

その話を聞いたとき、

子供の習い事というのはやはり

「親の気持ち」が大きく関係しているのだな、と思った。

 

元々その子に向いている/向いていないというのは

あるだろうとは思う。

けれど、それはある程度のレベルになってからの話。

まだまだ入り口の段階では、それ以上に大事なのは

親の姿勢なのではないか。

 

小さい子は、自分から「これをやりたい、やりたくない」

とはあまり言わない。言うとしても親が情報を与えて、

その与えられた情報の中で判断をするので、

ほぼ「親の意向」を反映していると思われる。

 

親の意向で始めた習い事を子供が嫌がった時、

それを続けるのもやめるのも、また親の意向。

 

*****

 

私は、子供にピアノを習わせたいと思っていた。

それは別にヤマハでなくてもいい。

 

ヤマハのグループレッスンのせいで

少しのんびりな息子が、というか私が

「みんなから遅れてしまう」

「みんなと比べて上手にできない」

という焦りやコンプレックスを抱えて

ピアノを嫌いになってしまうくらいなら、

息子自身のペースでレッスンを進められる

個人のピアノ教室にでも移ればいいと思っていた。

 

けれど息子に話を聞くと、嫌がっていたのは

「うまく弾けないから」ということで、

それなら練習をすることでしか解決できないわけで、

単純に家での練習量を増やしてみたらどうかと思い

毎日少しずつでも練習するようにしたら

だんだん嫌がらなくなった。

 

水泳も同じ。

最初に嫌がるのはいつものこと。

続けて通うことで嫌がることもなくなったけれど、

それでもたまに嫌だと言うことがある。

そのときには「何が嫌なのか」聞くと、

「ゴーグルに水が入るから」とか「鼻が痛いから」とか

息子なりに考えて教えてくれる。

こちらからすると「え?そんなこと?」という

些細なことが多いんだけど、たったそれだけでも

子供って「行くのが嫌」になっちゃうんだなあと思いつつ

ゴーグルの調整をしっかりしたり、水が入らないように

顔にぎゅって押し付けるんだよと教えたり、

お風呂で鼻から息を吐く練習をしたりして、

そんな小さな「嫌なこと」を解消するようにしている。

 

それは私が、子供たちに習い事を続けて欲しいと

思っているから。

 

ヤマハを途中で辞めた子のお母さんは、

自分がそこまでしても子供に続けさせようとは

思わなかったのかもしれない。

 

そして我が家でも、

そのうち私にはどうしても解消できない

「嫌な理由」が出てくるかもしれない。

「これも嫌ではないけど、本当はあれがやりたい」

ということが出てくるかもしれない。

そのときにはあきらめなきゃいけないなあとは思っている。

 

*****

 

そして、将来的にもしかしたら「学校に行きたくない」

とか、「勉強したくない」とか言い出した時のために、

「嫌なこと」をなるべく言語化して

それを相手に伝える(私は受け取る)という訓練を

子供も私もお互いにしていきたいと考えている。

 

長い家庭教師時代の経験から、

勉強に関しては「何がわからないのかわかれば、

それはもうわかったも同然」と思っている。

問題点を抽出することが一番難しいんですよね。

 

習い事に対する私の姿勢は、

その訓練の一環とも言える。

 

まだまだ全然、動揺したり感情が先走ったり

迷ったりすることが多いし、

今後もそんなに上手になれる気もしないけれど、

こういうことがスムーズにできるようになれば

ラクに生きられるんじゃないかなあと思っている。

 

*****

 

少し話がそれるけど、

私も子供の頃からピアノを習っていた。

あまり練習熱心な子ではなく、

行きたくないと思うのもしょっちゅうだった。

 

そして私が行きたくないと言うと、

母はいつも「なんで嫌なの!?」と言いつつ、

それは「質問」ではなく単なる「非難」だった。

(「なんで嫌なの!」=「行きなさい!」という意味だと

簡潔に気が付いたのはもっとずっとあとのこと。)

 

なぜと言うので、嫌な理由を答えても、

母は全く聞き入れてくれなかった。

「屁理屈やわがままを言わずに行きなさい!」

「自分からやりたいと言ったんだから許しません!」

「ならもうやめればいいじゃない!そのかわり

今後一切習い事はさせないからね!」と

脅されたりすかされたりして、いやいや通ううちに

そのうちどうでもよくなったりなんとなく打開策が

見つかったりして、そうしてなんとなく続けていた。

 

今となっては庶民が大金をはたいてピアノまで買っちゃって

ローンも残っているのにここで辞めさせるわけには

いかなかったんだろうな(=大人の事情)とか、

母自身がピアノに憧れていて娘に弾かせたかったんだろうな

とか、習わせてもらったこと自体には感謝しているけれど、

でも同時に「つらかった」という気持ちも残っている。

 

自分の子供たちには

そんな思いはさせたくないんだよね…。